Sunday, March 13, 2011

悲しい偶然

3月11日、遅く起きた私の寝ぼけ眼に飛び込んできたのは泥水に浸食されて行く畑と家々だった。息子からの電話でテレビを開けたのである。呆然とただただ眺める事しか出来ない。関東の親戚に電話をしても通じず一日中ニュースを見た。地震の詳細が解るにつれ、やりきれない悲しみ、そして天災とは言い切れない人災でもある原発の事故。

2011年「世界」1月号の特集「原子力復興と言う危険な夢」の中で葉上太郎氏が、「原発頼みは一炊の夢か」と福島県双葉町大熊町にまたがる原発に関する記事を書いている。財政難からの脱却の為に原発を誘致、次々と建設した結果町は裕福になった。が、電源交付金は一時的な物であり、原発の固定資産税も年々落ちて行く。 6基有る原発に更に2基の申請をする一方原発頼みの財政では良く無いと気付き、原発以外の産業を育てようと努力し始めた所だった。一番最後に葉上氏は双葉町は今運命の分かれ道にいる、と締めくくっている。このような運命になるとは誰が想像しただろうか。            タマラ

Sunday, January 23, 2011

足かせ

人は何故自分や他人に足かせをはめたがるのだろうか。何歳だから、長男、長女だから、親だから、子だから、上司だから、部下だから、XXXXXしなければならない。そうだろうか?
私が若い時、英語で”MUST”(ねばならない)を連発していた時、或る友人がこう言った。
人生に於いてMUSTは一度だけ。死ななければならない、それだけだ。それ以外は他人や自分を縛る言葉。」月並みだが目から鱗であった。勿論すぐ変われる訳では無かったが徐々に物の見方が変わって行った。

医者の子が医者になる、音楽家の子が音楽家になる、環境が整っているのだから自然にそうなるのは構わない。が無理強いすれば歪みが出る。
結婚しかり。20歳、30歳、40歳、早く結婚したからと言って幸福が比例するとは思えない。離婚率50%近い昨今を鑑みても結婚が必ずしも幸せを約束していない事は明らかである。 そして結婚すると今度は子供。子供はまだか、孫はまだか、と圧力をかける。子供は親の持ち物ではなく居れば良いと言う物では無い。古人は、子は国の宝と言ったが私は地球の宝と言いたい。国や人種は関係ない。そして命を創造すると言う事は子供を健全に育てる重大な責任を意味する。言うまでもなく赤ん坊は泣く事が仕事である。泣く事によって意思表示をしている訳である。自分がかつて赤ん坊であった事を棚に上げて虐待する等もっての他である。精神的、経済的等環境を整えて後子供を産む。自分達が親にされて嫌だった事、良かった事、思い出して欲しい。そして、自由に、他人と比べたりせず、無理の無い生き方を選んで欲しい。                             タマラ

Tuesday, January 18, 2011

一年の計は元旦に有り

物言わぬは腹ふくるるわざ、とか。昔の言葉を思い出しブログに挑戦!
気の向くまま、感じるままに書いて行きます。
読んでくれる人が一人でも居れば御の字。

気になる今日のニュース: 大阪でTOEFLの優秀校50校に5億円。
私が見た時点で支持率63%と聞いてびっくり。ばらまく金がそんなに有るのなら
英語の教師(英語を母国語とする教師とか)及び教え方を再考して欲しい。優秀な成績を取る生徒は多分塾や各自の努力の賜物だと思うが。

写真を貼付ける予定でしたがまだうまく行かず今日はこれでおしまい。